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こがみのりプロフィール | なぜ、私が漫画から聖書以上の学びを得られるようになったのか?

こがみのりプロフィール
なぜ、私が漫画から聖書以上の学びを得られるようになったのか?

『神様に愛される一杯の「お茶」習慣-人生を変える二十一日間のメソッド―』(自由国民社発行)本文より

漫画が聖書より学びを得られる理由とは?


ここからは、私こがみのりのプロフィールをお伝えしていきます。

私は現在、月に何十冊、時には100冊以上の漫画を読んでいます。

それは単に漫画が好きだから読んでいるのではありません。そこから常に聖書、聖典、経典以上の学びを得ているから、読んでいるのです。

「漫画で聖書や経典以上に学べる」と聞いて「えっ、ホントに?」とびっくりされる方がいらっしゃいますが、結論から言うと可能です。

これは何も漫画だけではなく、日常から当たり前にできることです。

つまり、漫画だけでなく、やろうと思えば全ての物事から学びが得られるのですが、特に私は漫画をオススメしています。

その理由について、私のプロフィールを交えてお伝えしていきますので、ぜひ最後までご覧になってみてください。

漫画に描かれているものとは?


漫画には「目に見えないもの」が描かれています。

ドラゴンボールでしたら「気」を感じて、かめはめ波をうつシーンでしたり、
HUNTERXHUNTERでしたら、「念」を駆使しての戦闘が描かれています。

私は幼少期の頃から、こういった目には見えないものと現実世界のものが
どのようにリンクしているのか、どのようにつながっているのか、
とにかく気になって気になって仕方ありませんでした。

ここでは「気」や「念」と言っていますが、
「本当にそのようなものは存在するのか」
「存在するのならどうやったら見えるのか?」
無性に気になっていたのです。

そのために、ひたすら漫画も読み続けてきましたし、
漫画だけにとどまらず、歴史・宗教・哲学など様々な書物からも学び続けていました。

そのためにお寺を巡りお坊さんに会いに行ったり・・・
ときには歴史・宗教の本を読み漁ったり・・・
ときには出家してみようと思ったり・・・

ありとあらゆる努力をしてきたのです。

その結果・・・
これらを紐解くことで、日常の学びが何倍にも、時には何十倍にもなっていき、
それによって私達の日常や感覚が劇的に変化していくのです。

今回のプロフィールではどうして私が漫画を読むことで、
それだけの学びが得られるように至ったのか、私の幼少期からさかのぼってお伝えしていきたいと思います。

幼少期は漫画が読めなかった・・・!?


そもそも私は漫画を読むことが許されない環境で育ちました。

今でこそ、一ヶ月で何十冊と新刊を買って読んでいますが、
昔は満足に読める環境になかったのです。

というのも、教育に熱心な家庭に生まれたために、
読んで許される漫画といえば、

・手塚治虫作品
・ドラえもん
・あさりちゃん


これらの作品のみだからです。

親からすれば「害は少ないだろう」という作品がこの3つだったのです。


クラスの友人たちが当たり前に漫画について会話をしているのを聞けば聞くほど、
私もその漫画を手にとって読みたくなったのです。

しかし、残念ながら親は漫画を読むことを中々許してくれません。

そこで私が取った行動は、親の仕事部屋に置いてあった漫画をこっそり読むことでした(笑)

ちなみに、そこで読んだのが、「紫電改のタカ」という特攻隊の漫画なのです。



ここから、私は特攻隊の漫画にハマり出したのです。
(親の目を盗むのが大変でしたが・・・笑)

というのも、特攻隊の生き方に妙に心惹かれるものがあったからです。


ちなみに憧れたのは何も特攻隊や、戦争ものだけではありません。
「古事記」「今昔物語」などの古典文学の漫画もよく読んでいたのです。

■まんがで読む古事記


■マンガ今昔物語


幼い頃から、特攻隊、戦争、古事記といった作品を読むというのはちょっと変わっていたのかもしれません(笑)
しかし、私はとにかく夢中になって読んでいました。

というのも、そのときの私は、“何か”を求めていたのだと思います。

女性武士「巴御前」に憧れた幼少期・・・


皆さんは巴御前を御存知でしょうか?

私の人生に大きな転機を与えた歴史上の人物の一人なのですが、この人物の詳細については後ほどお伝えします。

他にも、私がハマった作品は数限りなくあり、
他には芥川龍之介「河童」
(芥川作品を読むようになったきっかけにもなりました。)

また、推理小説ですと、江戸川乱歩の「明智小五郎」

歴史系もハマり、「日本の歴史」「世界の歴史」を読んで、日本史や世界史を勉強するようになりました。

■日本の歴史


■世界の歴史


幅広い作品に対して興味を持つようになりましたが、
私にとってはずっと“何か”を求めていたので、
ごく自然なことでした。
(ただ、自分が何を求めているのか分かるのはまだ先になるのですが・・・)

おそらく、私はかなり変わった子供として周囲から見られていたと思います。


というのも、当時の同じクラスの男の子達は、
「歴史上の人物で誰になりたいか?」と言われたら、

「武田信玄になりたい!」
「いや、僕は上杉謙信になりたい!」

という子が多かったと思います。


男の子の夢というのは大概が「偉人」と呼ばれる歴史上の人物に憧れて、
その人を目指しているのだと思います。

しかし一方で、クラスの女の子達はどうだったかというと、
偉人を目指している人はいなかったのです。


例えばクラスの女の子の中で、

「ヘレン・ケラーになりたい!」
「キュリー夫人になりたい!」
「やっぱり、クレオパトラがいい!」


・・・そんな人って見たことありますか?

普通はそんな女の子はいないと思います。


なぜなら、キュリー夫人も、クレオパトラも確かに偉業を成し遂げたと思いますが、
世の女性が憧れるような幸せの人生を歩んだとは言えません
(成し遂げた偉業を知っていたとしても、その人達の人生を知らない方も多いと思います)


では、私はどうかというと、もちろん彼女たちの事も知ってましたが、
私の一番のお気に入りは何と言っても「巴御前」です。


巴御前というのは木曽義仲の奥さんであり、女武者として有名な方です。

自分にとって大切な人のために共に戦場に赴いて、
敵の武将を倒す生き様に私はとにかく憧れていました。

小学校の頃にこのような巴御前の生き方を知り、本気で「巴御前のように生きたい!」と感じてました。

巴御前と同様に、剣豪が大好きで、剣豪に関する本を読むようになりました。

その流れから、幕末に興味を持ち、中でも『新撰組』が好きになり、
特に土方歳三に惹かれていきました。

こちらが土方歳三です。

土方歳三の情報に触れているうちに、

「滅びゆく幕府のために、最後まで挑み続けて、
五稜郭の戦いで最後は死んでいった」

という記載を目にして、私はこう思ったのです。


土方、超かっこいい!


もちろん、表に出ている情報が正しいとは限りませんが、
そこから新撰組の本をめちゃめちゃ読んだのです。

どれくらい読んだのかというと、可能な限り全部です。


その当時、新撰組に関して出てた本の全てを買って読んでたのです。

ここからは余談ですが、
小学校の頃の年末に、年が明ければお年玉がもらえることを知っていたので
私はあることを企んでいました。


それは何かというと・・・

年が明けて「あけましておめでとう!」と、皆がいって盛り上がっているときに、
新撰組に関する本が大量に届く手配をしていたのです(笑)

父親もどうしてそんなに本が届くのか理解できてません。


そこで私は父親にこう伝えるのです。

「お父さん、お年玉頂戴!」

・・・そう言って呆れられていたのは懐かしい思い出です(笑)


それだけハマったのには新撰組がとにかく凄いと思ったからなのです。


新撰組って何が凄いかというと、
自分が「これ!」って思える生き方を最後まで貫き通していたという点です。


これはつまり、私が巴御前のことが好きな理由にも通じてます。

それは、クレオパトラで言えば、『国のために』
巴御前で言えば、『自分が信じた人をついていって戦う』
特攻隊でいえば、『国のために戦えて、自分を投げ出せる』

子供の私からすると、これらの生き方に対して「尊い」という考えもあありましたが、
私がずっと抱いていた想いとしては、

「どうしたら自分もそんな生き方ができるのか?」

ということでした。

そのための方法をずっと模索していたように思えます。

ちなみに、小さい頃から、武士に憧れていたので、
「将来の夢は何か?」と聞かれたら、
武士に一番近い職業ということで、私は警察官になりたかったのです(笑)

警察官は立場的には、私が望んでいるものと一番近い職業だと感じましたが、
結局のところ、警察官にはならず、別な道を志すことになるのです。

閻魔様を騙すことを考え続けた幼少期・・・


私は土方歳三・巴御前などの剣豪に興味を持つようになり、そういう生き方をしたいとは思ってましたが、
私には、その生き方を目指す以前の、ある悩みがありました。

当時、その悩みが常に頭のどこかでグルグルと回っていたのです。

基本的に、子供というのはたくさんの嘘をつき続けていると思います。
(多かれ、少なかれ嘘をつかないという子供はいないと思います)

それは私も例外ではありません。

私は小さい頃、ピーマンが本当に嫌いで嫌い仕方ありませんでしたが、
常に「こんなものは食べ物ではない!」と思っていたのです。


そこで、私はピーマンを食べたくないが故にどうしたかというと、
家で飼っていた犬に食べさせようとしたのです。

・・・が、すぐにバレます。(犬ってそもそもピーマン食べないんですね。)


犬の前に落ちてるピーマンを前にして、母親から「このピーマンどうしたの?」と聞かれても、
私は「知らん!」とずっとごまかしますが、「知らんわけ無いやろ!!」と怒られる始末。

余計にピーマンをたくさん食べさせられるようになりました(苦笑)


そんな時、子供心ながら私は思ったのです。

「こんなに嘘をつき続けている私はきっと地獄に堕ちてしまう・・・」

絶対に地獄に堕ちたくはありませんし、絶対に回避したいと思ってました。

そこで私はこう考えたのです。

「そうだ、地獄に堕ちないためにも、閻魔様を出し抜こう!」

このような突拍子もない作戦を思いついたのです(笑)


つまり、どうするかというと、

このまま死んだら閻魔様に地獄に堕とされる

地獄の裁判のときに、閻魔様の前で出し抜くことができれば、地獄を回避できるはず!

閻魔様を出し抜こう!

閻魔様を攻略するにはどうしたらいいのかな?

様々な疑問が生まれてくる・・・

(1)そもそも地獄ってどんな世界?あの世とは一体どんな所?
(2)人って死んだらどうなるの?そもそも神様っているの?
(3)キリスト教の神様と、仏教の神様ってどっちが偉いの?その違いは?
(4)死んだら死んだ時の姿になるの?
(5)死んだらその姿で次また生まれ変わってくるの?
(6)死んだら人は無になるの?
(7)人間に生まれてくるのは人間だけなの?他の動物とかに生まれ変わるの?





など、こちらはほんの一部ではありますが、
私の『閻魔様ハック大作戦』を実行するべく、このような疑問が生じてきました。


すると、ある日嬉しいニュースが入ってくるのです。

なんと、親戚のお兄ちゃんがお坊さんになったというのです。

お坊さんのお兄ちゃんへの質問「死んだらどうなるの?」


お兄ちゃんがお坊さんになったということは、私にとって、願ってもないチャンスでした。

もうそこからお兄ちゃんのところに通い詰めるようになったのです。

中学校から高校くらいの時期でずっとです。

今まで気になった質問をお兄ちゃんにぶつけていきました。

「ねぇねぇ、神様と仏様ってどっちら偉いの?」
「ねぇねぇ、地獄ってあるの?地獄に最初に堕ちた人はだれ?
地獄を作った人はだれなの?」
「蜘蛛の糸って意地悪じゃないの?中途半端にやんなよって思わん?
そもそも、蜘蛛の糸って振り返ってなければ最後まで登れたん?」
「神様がいるのになんで戦争が起こるの?
赤ちゃんが死んだら地獄に堕ちるの?
」


お兄ちゃんに会うたびに質問をしたのです。

ただ、残念なことに、お兄ちゃんからの答えは期待していたものではありませんでした。

お兄ちゃんもその時、その時はちゃんと答えてはくれます。
ただ、あとから振り返ったときに「ん?」と疑問に思うことが多々あったのでした。

例えば、
「初めて地獄に堕ちたのって誰なの?」
と聞いたら、お兄ちゃんは黄泉平坂の話をしてくれました。

そして、最後にお兄ちゃんはこう答えたのでした。

お兄ちゃん
「だから、地獄に堕ちたのはいざなみなんだよ」

そのときは「なるほどー!」って思うのですが、
家に帰る途中で「・・・ん?・・・あれ!?」と、疑問がどんどんと浮かんできたのでした。


「・・・あれ、黄泉醜女ってたくさんいなかったかな?・・・」
「・・・初めて堕ちたのっていざなみじゃないんじゃ・・・」
「・・・ってことは、黄泉醜女の方が先なんじゃ?・・・」


そうなってくると、もう疑問が止まらなくなるのです。

「え、私ってお兄ちゃんに嘘を教えられてるの?」

こうなってくると、お兄ちゃんのことを全く信用できなくなってくるのです。

もう私の中で、情報を整理することはできません。


もちろん、私が聞いてることはめちゃくちゃです。

お兄ちゃんもその都度、その都度、答えは教えてくれてはいましたけど、
私自身がわざわざ疑問を探しにいってしまっていたのです。

「これはもうお兄ちゃんではどうしようもないのかな・・・」

そう思って、他のお坊さんに会いに行く方法を考えるようになったのでした。

ちなみに、そんな私の幼少期を漫画にしてみました(笑)


本当にこんな子供だったのです(笑)

お寺を巡り続けた大学時代・・・


このような幼少期を過ごすうちに、最も基本的な質問である、
「あの世ってどうなってんだろ?」
ということについて、
やっぱり一番知ってそうなお坊さんのところに行こうと思い立ったのです。

私の印象では閻魔様のことを一番知ってて、輪廻転生のことも詳しいのがお坊さんなので、
「お坊さんのところに行く」というのは自然な流れだったのです。

ちなみに、「昔から神社は行ってたのですか?」と聞かれることもあるのですが、
私の地元では、「神社=遊び場」みたいなもので、もっと身近で当たり前の存在だったのです。

だから、わざわざ行こうとは思いませんでした。

そもそも神社は巫女さん達が一般のお客さんに対して相手してくれるわけはありません。

というのも、神職、巫女さんは神様の方を向いていて、参拝客の方を全く向いていません。

だから、あの世のことを聞きに行くとなっても神社に行こうとはなりませんでした。

その点、お坊さんはお客さんの方まで降りてきてくれますし、
何より私達子供でも(お寺にもよりますが)相手しに来てくれることもあるのです。

お坊さんは生きてる人と死んでる人を繋ぐ役割があると思いますし、
そのために説法しているので、生きてる人間の心の痛みを払う人たちでもあります。

子供だったし、私はかなり人見知りだったけれども、
お坊さんとぱっと目があったら、聞きに行きました。

また、お寺にある本、お経を読みました。
「ほーー!なるほど!」って読んで知ったことばかりでした。
そして、手塚治虫の「火の鳥」も読んだのです。

そこに、「輪廻転生」のことが書かれてました。

最初、お坊さんは全然相手にしてくれませんでしたが、
徐々に話ができるようになり、その後は山奥のお寺に行ってみたり、
お話できたお坊さんに色々と聞いてみたりしてみたのです。

一方で、大学に入ると私は就職活動で速攻で内定もらいました。
(やるべきことはコツコツと実践することは得意でした)

ただ、自営業の両親の家で育ったからか、人にキチキチされるのがとにかく嫌で、
決まった時間に来て、決まった時間に帰るのが嫌だったのです。

「もっと自由にお寺に行きたい!自由な時間で働きたい!」

そこで出てきた結論として、
「フリーターでいいじゃん!」
ということでした。
(ちなみに、親がこのことを知ったらドン引きしてましたが・・・)

両親
「なんで内定決まったのにフリーターなの?」

ことあるごとに、何度も聞かれましたが、
私の意志は全く揺るぐことはありませんでした。

働くよりも知りたいことの方が圧倒的に優先度が高かったのです。

音楽、プロレス、お酒など刺激を求め続けた結果・・・


大学を出てから、仏教系の本をたくさん読んでいたのですが、
私の行動というのは、よくよく考えると自分の中の「理解」・「納得」を求めてのことでした。


だから、寺に行っては、終わりが無い無駄な質問の旅を続けて来たと思います。

今、もし過去の私めの前にやってきたら、「頭で考えるな」の一言で終わりです(笑)

でも、その時は、
「ひたすら、理解・納得させてくれ〜」って感じでしたが、
これが一番人生が変わらないパターンです。


ハッキリと断言できます。

自分の理解・納得の範囲内を求めてたら、人生って絶対に変わらりません。


だから、今の私は自分の理解・納得の理解を超えた範囲のことを求めるようにしてますが、
私は過去にそういう生き方を何度もしてきました。

別の角度からみると、「何か」に依存して生きてきたともいえます。


例えば、

・音楽を聞いて・・・
・お酒を飲んで・・・
・プロレスを見に行って・・・

とにかく刺激を求めて生きてきましたが、虚しさだけが残りました。

ふと思いました。私が憧れた巴御前は木曽義仲のため、他の武士と台頭していくために、
「熱さ」を求めていましたが、
今の私はどうかというと、明らかにそれが私にはありませんでした。

「このために生きていく!」というのが一切なかったので、
その時点では「お坊さんに会いに行ってお話を聞きにいく」という選択肢しかなかったのでした。


そしてその後、私はパワーストーンと出会います。

パワーストーンは私にとっての「あの世」というものに触れられるものだったのです。

だから、私はそっちには全力でフォーカスしたのです。

人生の師との邂逅 求めていた答えを知る


これまで私は数々の疑問を持ち続けて来ました。

(1)そもそも地獄ってどんな世界?あの世とは一体どんな所?
(2)人って死んだらどうなるの?そもそも神様っているの?
(3)キリスト教の神様と、仏教の神様ってどっちが偉いの?その違いは?
(4)死んだら死んだ時の姿になるの?
(5)死んだらその姿で次また生まれ変わってくるの?
(6)死んだら人は無になるの?
(7)人間に生まれてくるのは人間だけなの?他の動物とかに生まれ変わるの?






これらはほんの一部には過ぎませんが、
小さい頃からこのような疑問を常に持ち続けてきたのでした。


そしてようやく私はこの疑問の答えを教えてくれる方に出会えるのです。

それが、人生の師「北極老人」との出会いです。

「自分が探し求めていたものは、これだ!」
といえるものを指し示してくださったのです。

自分が探し求めていた”何か”というのは、
この人に出会って人生の目的を知ることだったのだと確信したのです。

最初に北極老人に聞いた質問というのは今でも覚えています。

それが「神様って本当にいるんですか?」ということでした。
(今思えば凄い質問だなと思いますが・・・)

当時の私でも分かるように、
言葉を尽くして教えてくださりました。

そこから北極老人には本当にたくさんのことを教えて頂きました。


そこで思ったのが、

「北極老人が言ってることを100%やろう!」

ということです。

もし中途半端にやっったら、北極老人が言っていることがきちんと理解できないと思ったからです。

北極老人から教わった道を進んでみようと決意した瞬間でもありました。


これまで私は色んな人のところに行ったり、
本も読んで学んできましたが、
正直な所、全く腑に落ちませんでした。

自分の枠の中での理解・納得にとどまってしまったのだと思います。

だから、それでは変わらないということはなんとなく気づいていたので、
北極老人のお話を聞いた時は「これだ!」「もう後がない!」というところまで来ていたので、
これが最後のチャンスだと感じていたのでした。

だから、「全部やってみよう!」とやってるうちに、
劇的に変化し成長していったのです。

昔あれだけ聞いていたロック・ミュージックも聞かなくても平気になりましたし、
クラブにも行くこともありません。

「絶対に観戦しないと気がすまない」と言っていたプロレスも全く執着が無くなりました。

今ではそんな私が茶肆ゆにわというお茶屋さんで、
店長を勤めて、お客様をお迎えしているから驚きです。

 「目標」と「目的」の違い


これまでの私はというと、ロックやお酒、「目標」だったと言えるのかもしれません。


目の前のことだったり、刺激的なものだったり、現実的な結果だったり・・・

これらは所詮通過点に過ぎません。

本当に大切なのは『目的』であると北極老人に教えて頂いたのです。

元々私は「巴御前のように大義のために生きたい!」と思ってましたので、
武士はそうやって生きていたので、ものすごくしっくり来ました。

ずっと疑問に思ってきたモヤモヤがようやく晴れたのです。

この目的がはっきりしていれば、何をやってもよくて、
例えば北極老人の秘書でも、
例えば雑用でも、とにかく何でもいいのです。

ちなみに、今私は「茶肆ゆにわ」というお茶屋さんをしていますが、
このお店ができたのも、「目的」に向かって全うしていくうちに、
その流れの中で繋がったご縁をきっかけにできたものです。

一番大切な「目的」を大切にしていれば、
何をしていてもその目的に辿り着くことができるのです。

もし、満たされないという状態だとすれば、
それは、目的を失ってしまっているのか、
目的を変えていっている状態なのかもしれません。

だから、まずは目的地をハッキリとあっせるために、
ゴールを設定することが何より大切なのです。

自分の人生も物語だとすれば、目の前に起きてる出来事は全て、
人生の目的に辿りつくために起きており、必要だから起きているのです。

一つとして無駄なことは絶対にないのです。

漫画を読むのはゴールに行きつくため


例えば、映画を見ていて、絶対絶命のピンチが訪れても、
必ずそこを乗り越えた先に訪れるエンディングがありますよね?

だからこそ皆、安心して映画を見ることができると思います。

人生も一緒で、絶体絶命の大変な出来事が起きても、
それは必ず乗り越えられるものなのです。

例えば、今、目の前に漫画が用意されていたとして、
「自分が漫画を読む目的は何?」
と聞かれたときに、どのように答えるでしょうか?

・退屈な時間を過ごすため?
・単に漫画を読むのが好きだから読むの?
・勉強会、セミナー、飲み会で話題にするためのネタ探しのため?


実際のところ、漫画ですし、自由な時間ですので、
何のためでもいいのかもしれませんが、
常に圧倒的に高い目的に繋がっていることが大切なのです。

その目的に対してアンテナを張っているので、
私はそのために多くの漫画を読んでいるのです。

私は、

「何かのために命を投げ出した人」

そういう生き方がかっこいいし、「そういう生き方ってすごい!」とずっと思ってきました。

ただ、「人生の目的」というのは使い古された言葉かもしれませんが、
本当に目的は重要なのです。

人生の目的、生まれてきた目的が北極老人と出会って定まりました。

全ての人間が天命を持って生まれてきているのです。

天命、魂が求めて生きている時は輝いているが、殆どの人がその天命を見失ってしまっています。

それどころか、殆どの人がその天命を間違った洗脳を受けて、
天命じゃないものを自分の幸せだと思いこんでいるから、どんどんどんどんエネルギーなくなって不幸せになっていってます。

それは例にもれず、私自身もそういう生き方をしていたので分かります。

私の次なる目標としては、
お互いに大きい受け皿を作って、もっとそういう生き方をしたい人を受け入れて、
そういう場所を作るということです。

そのためにこの「漫画で神話を紐解くサイト」を作りました。

漫画は物語を進む上で天命を知る上でこれ以上無いエッセンスが詰まっていますし、
漫画を通じて天命を知り、人生を変えることが可能なのです。

ぜひこちらのメルマガを読んで頂いて、人生を変えていくきっかけにしてもらいたいと思います。
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こちらはこがみのりの紹介動画です。



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