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【HUNTERXHUNTER】休載で連載再開はいつなのか?【ワンピース】との比較で最高のコミュニティを作る秘訣について

2017年10月30日

週刊少年ジャンプで連載されている「HUNTERXHUNTER」が2017年8月に休載が発表されました。

正直な所・・・

「えっ!また!?」

と思った方は多いと思います。

前回の休載から連載始まっての今回の休載は早かったと思いますが、
だいたい2ヶ月分くらい、単行本1冊くらいの期間のみです。

あの漫画自体はおもしろくて読んではいたのですが、
たくさんのテーマが挙がっていて、多くの学びがあるので、
今回は「HUNTERXHUNTER」について話していきたいと思います。

HUNTERXHUNTER

「HUNTERXHUNTER」と同時期に始まり、
今でも連載が続いている有名な漫画があります。
(NARUTOは連載を終えてますしね)

それが「ワンピース」です。
「ワンピース」は現在86巻、
「HUNTERXHUNTER」は34巻です。


同時期に始まった連載なのですが・・・

「HUNTERXHUNTER」は休みすぎな上に、
ネームみたいなすごい状態で、ジャンプに上がっていることがあります。

これがジャンプに上がっていることも凄いですが、
ネーム(下書き)でも富樫先生の絵が上手なのがわかりますね(笑)


本題に戻りますと、これは聞いた話によれば、
作者の富樫先生がほぼほぼ1人でやっていて奥さんがセーラームーンの作者の方で
手伝ったりしているというのは有名なお話のようです。


ですが、基本的には富樫先生が1人で書いているようです。



あれだけの作品を1人で作れるのは、やはりすごいとは思いますが、
さすがにあのクオリティを毎週作るのは大変です。


一方で、「ワンピース」はあれだけの人気ですが、
実は尾田先生が1人で考えて作られているものではないというのが一部では噂されています。


編集者は担当がいるらしいのですが、
「ワンピース」を実際作っているのは、
「チームでいろんな知識の集合知としてネタの元のなるものが作られている」
というのです。
(本当かどうかは分かりませんが・・・)


ただ、実際にそうだとすれば、正に「ワンピース」って、
麦わら海賊団がグランドライン制覇と海賊王を目指しているのと同様で、
それを体現するかのように、ワンピースの編集チームは運営しているのではないでしょうか。


HUNTERXHUNTERの編集チームは?


「HUNTERXHUNTER」と「ワンピース」は
ある意味、対照になっています。


「ワンピース」は、各専門分野の人たち全員で盛り上げて作っていく

一方で「HUNTERXHUNTER」の富樫先生は
自分の力で1人でやる天才派みたいな感じでしょうか。


「チーム」vs「個人」という構図なのかもしれません。


もちろん、どっちがいい、悪いということはありませんが、
この構図は対照的になってて、


僕が感じるのは、「ワンピース」のやり方の方が時代に合っているということです。


今後のビジネスだったり、会社組織だったりのやり方の方が
時代に合っているし、受け入れられやすいのかなと思いますし、
やってて、そっちの方が皆の成長が早いのかなと感じています。


最近は、悟りのお茶んねるでも、
いろんなスタッフメンバーが増えたり、
お茶会をやって、いろんな人たちが来てくれるのも


「ワンピース」のように、色んな人を巻き込んで
全員で航海に出て海賊王を目指すというようになっていると感じています。


目指す方向性というところで言うと、

どんなビジネスであれ、人間関係であれ、

1人でやると言うよりは、チーム戦というような方が

どんなものにしても受け入れやすいと思います。


「HUNTERXHUNTER」と「ワンピース」の作り手側の違い、バックボーンの違いはなんでしょう?


ワンピースとHUNTERXHUNTERの世界観の違い


ワンピースとHUNTERXHUNTERの2つの作品について、
違いは世界観に出ています。


主人公は、自力天才型と他力型でと言ったら、
ゴンは確実に自力で、頼らないですよね。

キルアはかわいそうじゃないですか、見ている限り。

(ゴンが頑張れば頑張るほど、キルアかわいそうです・・・)


特に、カイトの時です。


こちらは、カイトが死亡しているのを知って、怒りに震えるゴンです。

キルアは一緒にやるつもりで付いて来てるし、
一緒にって思ってる、その人を目の前にして、
ゴンは自分のことしか見てません。


だから、いつも「自分」と「自分の目指す先」ばかりを見てるのです。


確かに、それが必要な時もあるでしょう。
その光、熱量とかが必要な時もあります。

しかし、それが行き過ぎると人の「闇の部分」を引き出してしまうのです。


自分の光(熱量)が強すぎると、影も濃くなるから、
最初の時は、あのゴンの一途さや突っ走り感がキルアにとっては必要ではありました。


やっぱ人間関係というのは距離感が変わって来ると
どこかで交わっていかないといけないと思います。

ずっとゴンが1人で突っ走って、
念能力で最後にネフェルピトーとやった時に超大型の人間になりましたね。

要は「これで最後でいい」って

あれも究極的に自分のことしか考えていません。


自分とカイトの思いを晴らすために、
もうこのあとに念なんて使えなくたっていいって言って、
ネフェルピトーをやっつけたのはいいけど、その後が悲惨でしたよね。

「ガリガリ」で「ボロボロ」で周りの人がみんな不幸になっていく・・・
心配だけさせてみたいな、あれはもう完全に周りが見えてなくって
自分で突っ走っているだけの人です。

だから自力天才型の人というのは、本当に両極端に出てしまうのだと思います。


それが必要な光になる時もあれば、逆に一緒にいる人を不幸にしたり、
相手のことを全く見て無くてないがしろにしてしまうときもあるかもしれません。

巻き込んで欲しいと思っている人を巻き込まないから、
その人を逆に不幸にしたり、「自分は必要ないのかな・・・」と思わせてしまっているのです。


麦わらの方でいうと確かにルフィって強いけどみんなを巻き込んでいくので、
1人より2人、2人より3人・・・となっていったほうが出れる海が変わってくると思います。

最初はイーストブルー(東の海)のみでしたが、
そこからグランドラインに入って新世界になってどんどん進んでいきます。


その前に空島も行きましたが、やはり1人よりも2人で、
2人より3人でってやった方がフィールドが広がっていくのです


そのフィールドが広がりながらもそれぞれが自分の専門分野や得意分野を磨いていき、
お互いがトップのリーダーのためにと思って切磋琢磨するから、
よりよりフィールドが広がっていきます。


自分一人の力量を上げていくという意味では

自分の力を磨いて突っ走っていくことは必要だけど

全員が突っ走る先に「誰かのために」という奉仕の考えが大切なのです。


もしくは「この人のために」「何かのために」って

それが麦わらの場合は「ルフィの夢のために」というもの・・・


それは、

・サンジのオールブルーにしても、
・ゾロの剣豪にしても、
・ロビンの歴史のポーネグリフのことにしても


要するにみんな同じ方向性(ルフィが海賊王になったら自分たちの夢も自然と叶うという、
その方向性)があるから一致団結していけるのです。


どれだけルフィが強くて明るくても、
自分のことだけ考えて突っ走って周りを見なかったら
間違いなく、ワンピースに行けません。


力の支配になってしまったりして、
みんなでどんどん輪を広げていくことができないと思います。


だから、必要な場面が違うというか、
ゴンみたいな人が必要な時もあります。

『強烈な光で暗闇から救ってくれる存在』です。


「ああ、あの人みたいに生きたいな・・・」と思うような、
遠くにいても憧れでついていこうと思える存在。


でに、そんな人は得てして近づいたらやけどしてしまうのです。


その距離感を自分は間違ってはいけませんし、
もしその人と一緒に歩みたいなら、自分もその人と同じような熱量を持たないといけません。


そういう意味では、ゴンのカイトに対する熱量とキルアの熱量があまりにも違いすぎます。

もしキルアにも同じくらいの熱量があったら、多分あんなやけどの仕方をしなかったと思います。


だからやっぱり熱くって先に走っていく天才性の人と一緒に行こうとした場合、
自分もその熱量に負けてられません。


でも、ルフィみたいにそうやってみんなを巻き込みながらどんどん火を大きくしていくやり方もあれば
一点集中で、ガッと上がっていく人に負けじと自分も上げていくやり方もあるので、
どっちがいいとは言えませんが、天才性を発揮している人ほど距離感を間違えるとやけどをしてしまうのです。


だから憧れていても、最終的に近づいていったら、

「私この人みたいにできない・・・」って傷ついちゃう人も実際にいるはずです。


天才の人との付き合い方はきちんと考える必要がありますが、
距離感を間違えると痛い目にあうかなって思いますね。


2つの違いはイメージで言うと、「天津神」と「国津神」の違いかもしれないですね。


天津神は天上にいて、天照大神のような太陽神として光り輝くことで光を指し示したり人に熱量を与えてます。


遠くから見てもあんな風に頑張ろうとか、アイツ明るいし面白いなとか、
自分もその方向に行ってみようという指し示し方と、
国津神的に一緒に頑張っていこうぜっていう指し示し方もあります。


そういう意味で言うと、ゴンは天津神とは言わないですが、
影響の与え方としてはその違いがあるかなと思います。


だから、どっちがいいというのは勿論なくて、
それぞれの役割があるので、

・遠くで指し示すぐらいの強力な光や熱さを持っている・・・
・近くにいても巻き込んでいくような炎や巻き起こし方を持っている・・・

熱量が同じでも形が違うから、「巻き込まれていける場合」と「近づくとやけどする場合」があります。


どっちかっていうと、今後のビジネスモデルはトップダウン型よりは、
コミュニティ型が今から主流になっていくという意味で言ったら、

やっぱりゴン的なものよりはルフィみたいな巻き込み型の方がビジネスだったり、
色んなことが主流になっていくのかもしれません。


でも、コミュニティの中にはトップの人がいて、
そのトップの人は天津神的に強力な熱量で輝き続けるからこそ、

そこに人が集まってくるので、
それをまとめるルフィみたいな人がいたらもの凄い力を発揮していくのです。


だからそういう意味でいうと、ゴンとルフィがうまいこと組み合わせたら
多分もっともっと大きな光になっていけると思います。


強烈な天津神みたいなそこにいるということを指し示す光と、
そこに向かってきた人たちを巻き込んで一緒に成長していこうという光を合わさったものが一番いいのではないでしょうか。


そういう意味でその人の特性を知って持っている炎の形を知ったら役割が生まれてくると思うので、
熱量があって影響力が強い人ほど、

「ほんのささいな一言」が逆に傷つけてしまったり、

本人そんなつもりで言ってないけど、
「思った以上に相手に刺さってしまう」ということがあるので、

そういう人は直接的な関係よりも、輝き続けて自分のパフォーマンスを発揮し続けて、
それを見て「いいな」「行ってみたいな」「私もそういう生き方したいな」って思う人が寄って集まって来るような・・・

そしたら、それを受け入れるようなルフィ的な、
「じゃあオレたちもやっていこうぜ」って言って
集めて土台やコミュニティーの場を固めてくれるという存在ですね。


直接集まってきた人と肩を並べて進んでくれる・・・
でも、進む方向はその中心にいる強烈な炎を持った人と同じ方向を見て進んでいこうっていう・・・

だから、中心に太陽がないとコミュニティを作っても途中で分散してしまうこともあるのです。

ルフィってどっちもある意味持っていると思うんですけど、
でもその強烈な熱量がないと多分続かないし、かといって熱があるだけではついてけませんし、
結局あとは「お人柄」もありますね。

やはり、その二つが合わさることが今後必要な生き方というか仲間の作り方なのかなと思うのです。

こちらの動画も御覧ください。



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